Yukon Arctic Ultra 2016
レース5日目(後半):278km~308km(行動時間10時間30分:カーマックス~ユーコンクロッシング手前)
1時20分にカーマックスのコミュニティセンターを出発。ロバートと岡部さんに先導されてコースの入り口へ。少しの間ユーコン川の中のトレイルを進み川から上がって町の道路の歩道に上がる。しばらくは歩道のついている道路という雰囲気。真っ白だからわからないけど実際には山の中のトレイルなのかもしれない。そんなに舗装路がありそうな大きな町ではないし。2車線道路くらいの広さのまま坂道を登っていく。途中でふと「そういえばチタンマグって岡部さんが洗ってくるって持って行ったけど戻ってきたっけ?」と思い後ろを振り返るとソリの定位置についていない。かなり背筋が寒くなるのを感じた。チタンマグがないとお湯を沸かせない、つまり水がなくなっても作れないという致命的な状態。幸いこれまでの間で使ったのはブレイバーンで補給したお湯を沸かしなおすときだけだから、たぶんなくても大丈夫だと思うけど。それよりCPについたときにスタッフに食事(スープ系)を入れる容器を出すように言われたときが困るかも。
いちおうソリのバッグの中も確認し、入っていなかったので、まずは衛星携帯で岡部さんに電話。いまはなくても大丈夫でもカーマックスのコミュニティセンターに忘れてこないようにしてもらわなければいけない。しかし深夜ということもあって応答なしだったので、衛星携帯を出したついでにれなっちに電話してカーマックスでの出来事を話す。ここからチタンマグの話が、れなっち→櫛田さん→杉本さんと伝達されていった。ちなみに岡部さんを責めるということでなく、出発前の装備にさわらないようにお願いしておきながらチタンマグは「よろしくー」と渡してその後確認しなかった自分の詰めの甘さが問題なのである(もちろん岡部さんのミスでもあるが、お互い様という意味)。
少なくとも取りに戻ることはできないので進みながら代替案を考える。万一水がなくなったらチタンマグのふたで少しずつ水が作れるなとか。スプーンは予備を持っていたのでサーモスのふたでフリーズドライを戻して食事をすれば問題なし。まあ次のチェックポイントか少なくともその次で岡部さんの取材が入るだろうからそのときにチタンマグを回収できるように朝になったら岡部さんに電話してみよう。
緩やかな長い登り、緩やかな長い下りを何度か繰り返す。少し眠くなって長い下りを走るのが面倒だなと思ったときにソリに乗る手を思い出した。下りでソリに乗ってみたが最初のころほど長い下りがなく恩恵を得られなかった。道の両側が完全に森林になり一直線の長い道。眠くてふらふらする。このレース最大級の眠気だった。先を急ぐ必要があるし、ベイパーバリアを禁止された足は走れるようになっていたため基本的に走る。登りもなるべく走る。ときどき走りながら意識を失ってトレイルの中央についているスノーモービルの圧雪跡を踏み外して深雪にはまる。または全力で走っていたはずなのにトレイルの真ん中で立ったまま寝ているという悲惨な状況になってきた。それでも目が覚めたらダッシュ!
朝8時に岡部さんに電話。「樺澤でーす」と言ったら「あ”-」って言った(笑)用件をよくご存じのようだった。とりあえずカーマックスからチタンマグを持って出発してもらうようにし、チャンスがあれば渡してくれればいいからと伝える。岡部さんが「スタッフの誰かに説明して持って行ってもらおうか?」と言うが「スタッフには内緒で」と返した。首の皮一枚でつながっている今の状態でペナルティや失格になる可能性を作りたくない(競技として不正とかなんとかというところにはもう意識が回っていない状態)。とにかくレースを続けられる状態にできればそれでいい。
明るくなれば眠くなくなるかもしれないという期待を持つが明るくなっても変わらず。補給をしようとしゃがんでフリーズドライにお湯を注ぎながら眠って横にころんと転がってしまうほど。こんな状態なので移動している間は走っていてもいつの間にか寝ているので平均スピードは時速3kmに満たないくらい。このままだと非常にまずい。昼の12時になりここまで10時間ちょっとで30km進んできた。目が覚めたときに一気に行けるように体調は整えておかなければいけないので、ここでしっかり昼食にすることにする。食事をして動き出すためにウェアを調整しているとスノーモービルが3台やってきた。
まっすぐ自分のところまでやってきて「足の調子はどうだ。足を見せろ」と言ってくる。どうやらお迎えが来てしまったらしい。足を見た上で「スノーモービルに乗れ」と言うので、彼らが手ぶらで帰るわけはないと理解しつつ「自分で走っていける」と反抗してみた。それでも「これから先コースが厳しくなる。その足と今のペースでは無理だ」と言うので、抵抗しても無駄なのはわかっているから荷物をまとめてスノーモービルに乗った(自分の意志ではない)。”今のペース”は足のせいじゃなくて眠いだけなんだけど、遅いのは確かだししょうがないな。レース中に子供の名前を決めて完走して名前をプレゼントするというシナリオだったので本当に悔しい。 スノーモービルはスプルースの森の中を疾走していく。走っても走っても自分の少し前に出た3人組に追いつかないので、やっぱり自分は相当遅かったんだなと思った(動いているときは走っていたので相当道の真ん中で寝ていた)。今回は絶対完走できると思ったのにベイパーバリアは限定的にしか使ってはいけないとなると、またソックス・シューズの問題は振り出しに戻るか・・・。
幻覚というのかはよくわからないが、レース中の幻覚と同様に低い木が人に見える。それにスノーモービルのスピードが加わったことによって背の高い木が建物(マンション的な)に見えたり、木の密度が薄いところが公園に見えて子供が遊んでいたり(低い木)、前方に交差点が見えて「信号ないのにこんなスピードで突っ込んじゃって大丈夫なのかな」と思ったり、トレイル脇の木が中央分離帯に見えて隣にもトレイルがあるように見えたりした。街路樹の多い団地の中をスノーモービルが疾走していく。そんなわけないと頭の片隅ではわかっているんだけど、そうにしか見えない不思議な感覚だった。
スノーモービルの後ろで意識を失って運転手のヘルメットの後頭部にヘッドバットすること3回ほど。14時30分ごろCP6 McCabeに到着。「眠くなったか(笑)」と運転手に言われたが、ちょっと危ない状況だったよな。シートベルトがあるわけでなく自分の腕でつかまっているだけだから何かのひょうしに吹っ飛んでいってもおかしくない。スノーモービル隊は別の救援要請が出ているとかで出発し、チェックポイントスタッフに建物の中へ案内される。スタッフは2日目のCP2 Dog Grave Lakeの人と同じだった。まず足の消毒をすることになりシューズとソックスを脱いで椅子の上に乗せる。食事とコーヒーを出してくれて飲み食いしながら消毒してもらっている状態。
消毒が終わりとにかく乾かしておくことが大事ということ、明日の朝ホワイトホースに戻るからと伝えられる。後は寝て待てという感じでスタッフがソリに積んだ荷物からマットとシュラフを持ってきて寝床を作ってくれた。横になって休んでいてもときどき「何か飲む?」と聞いてくれる至れり尽くせり状態。スノーモービルに乗っているときは悲しかったし悔しかったけど、暖かいところで飲み食いして睡眠を取れる状況に「リタイア?まあしょうがないよね」という感じだった。
ちなみに自分の前を進んでいた3人組は19時30分過ぎに到着。もし自分があのまま進んでいたら途中で寝なくても22~23時到着(平均時速3kmで10時間の計算)と推測できる。足さえなんともなければ問題なかったけれどなあ。足の問題がなければカーマックスできちんと睡眠取れたはずだし。そもそもブレイバーン以降のペースだってもっと早かったはず。この1点さえクリアできれば・・・ということはもう一度やるしかないのか?3人組は4時間ほど睡眠を取り深夜にペリークロッシングに向けて出発していった。