■ツェルト、シュラフの中にいる分には寒くないので食事をしっかり済ませる。それからシュラフの中に入れていたシューズとソックスは解凍されていたので普通に履くことができた。しかしまたすぐに凍るだろう。
■思い切って外に飛び出し大急ぎで撤収作業。相当冷えているので、もたもたしているとアウターグローブを外した手が凍りついてしまう(実際に凍るわけではないが、急速に痛くなる、感覚なくなる、凍傷と進行していく)。片付けを終えたところで後方から一人の選手がやってきた。とっくに最後尾に取り残されたと思っていたが、まだ後ろがいたのか。どこで休んでいたんだろう。
■出発時(4時前)に温度計を見るとマイナス37度。すぐに先ほど来た選手を抜かし快調に歩く。ときどきちらっと温度計を確認しているとわずかな区間だがマイナス40度まで下がった。ここからは川を離れて尾根を進んでいるような感じになりアップダウンを繰り返す。トレイルの脇でビビーサックで仮眠している選手を何人か見かけた。しばらくするとまた眠くなってしまう。凍らせてしまったシューズとソックスもまた凍るのが目に見えているので、停滞して眠れるなら少し寝て、焚き火をしてソックスを乾かしていい状態を作ってから出発しようと思う。この停滞で目標にしていたカーマックスを4日というのは無理になり関門ぎりぎり(4日と12時間)を目指すことになるだろう。
■燃やせる木がたくさんある場所を見つけそこにツェルトを設営する。木を大量に集めて着火。練習の成果ありで一発で大きな火を作ることができた。焚き火を作っている間に眠気は感じなくなっていた。こんな大掛かりなことをしているのに、明け方に抜かした選手、途中で寝ていた選手はやってこない。みんな休むときはまとめてしっかり休むのかな。
■焚き火の周りにsealskinz、メリノウールソックス、グローブ(アウターの厚いほう)、シューズを並べて火であぶる。乾かしている間にさすがに何人かの選手が通過していった。夜が明けてすっかり明るくなった。肝心の乾かすほうは問題発生。火に近ずけすぎてsealskinzは右足つま先部分の防水シートが溶けて穴が空いてしまい、メリノウールソックスも焦げてところどころ硬くなっている。
■なんとなく乾いた気がするし(少なくともましにはなった)軽く食事をしてシューズを履こうとするとまた問題発生。カチカチに凍っていて履けない。履けなくてはどうしようもないので眠くなくなっていたがシューズを抱えてシュラフに入る。そのまま30分から1時間未満くらい眠る。何度か選手が通過していく気配がした。けっこうまだ後ろにいたということになるが、みんなどこにいたんだろう。
■シューズが履けたところでようやく出発。履けたけれどシューズがさらに悪い状態になっていて愕然。焚き火にあてたことで雪、氷が溶けてシューズに浸み込みそれが凍っているのか。芯が硬いというか、特にシューズ裏面?ソール?本来クッションだったり曲がりだったり感じるところがカチカチで板を履いているようだ。そしてもう10時。ほんとうにやばい。この夜はできればノンストップだったのに全部で8時間くらい停止している。
■もうカーマックスに間に合わなくなりつつある時間帯だし(距離はカーマックスまでの4分の1にも到達していないのに!)自分が最後尾であろうと思い、とにかくシューズを解凍している間に通過した選手たちの最後尾に追いつこうと走れるところは走る。登りも緩ければ前傾姿勢をきつくし体重でソリを引く感じで。気温はマイナス26度だったが日差しもあり走ると汗をかくので上着を脱ぎウェアはベースとミドルの2枚だけにして走る(キャプリーン4とナノエア)。しかし全然追いつかない。
■走るのをやめて歩きのみにする。ソックスとグローブが冷たい。アウターグローブを外して就寝時兼非常時用のダウングローブを着ける。これで当分は大丈夫だが、これに水分を吸わせてしまったらもう替えがない。さらに顔を覆っているフリースのネックウォーマーとタヌキのファーをつけてあるソフトシェルの首周りも凍って硬くなってきた。首周りは凍ってもすぐに困ったことになるわけではないが(口元なんかは冷たくても呼吸ですぐに溶けるし)精神的なプレッシャーを感じてくる。
■このまま2晩目を迎えても大丈夫だろうかと考える。停滞が長かったので日没までにdog grave lakeまで行けそうにない。dog grave lakeでドロップバッグがあるとか室内で休めるとかあれば予備装備をつぎ込んででも行ってしまえばよいが、dog grave lakeに到着したところで食事とお湯があるだけで状況は変わらない。CP3のブレイバーン手前でこの状況なら迷わず行くのだが。
■まだ日差しがあるにも関わらず、足は冷たくなってくる。仕方がないのでリタイアを考える。今の状態ならビバークすれば大会側が忙しくて救助にこれなくてもいくらでも待てる。焚き火を作りやすい場所があれば終了しようと思いながら歩く。するとようやく前に選手を見つけた。ゆっくり歩いていたがトレイル脇の平らになっているところで休憩していくようだ。
■先へ進み焚き火を作りやすそうなところを見つけた。ここでキャンプにしようと思いスポットのHELPボタンを押そうとする。しかし押せなかった。力いっぱい押してもなんの反応もなくHELPできたかわからないので、その状態でここに止まっていても時間が過ぎるだけになってしまう。仕方がないので先へ進む。
■しばらく進むとスノーモービルが3台いた。「調子はどうだ?」と聞いてきたので大会関係者だろう。これでリタイアできると思い「シューズとソックスが凍った。もうだめだ」と一生懸命だめアピールをする。しかしスノーモービル隊はこの先に用事があるらしく「自分で次のCPを目指せないか?あと15kmだ」という。今、救助できないなら仕方がないので「やってみる」と答える。スノーモービル隊は行ってしまった。
■残り15kmかと考える。現在の時間が14時30分。補給やそろそろ水(お湯)も作らなければならず、歩いていればまた眠くなってペースが落ちることもあるだろう。よって5時間はかかると思っておいたほうがいい。加えてこの5時間はレースを進めるための前進ではなく、リタイアするための前進になる。非常につらい行程になりそうな気がしたので、スノーモービル隊には自力で行ってみると答えたが、この場所は広くなっていて燃やせそうな木も多いのでここに留まることにする。HELPボタンが機能しなくてもさっきのスノーモービル隊が戻ってくるだろう。
■ツェルトを設営して雪をガソリンストーブで溶かしてお湯を作りつつスポットを持ってシュラフに入る。スポットのHELPボタンをよく見るとボタンだと思って押していたのはボタンのカバーだった。カバーを外してHELPを押す。これでリタイア決定。
■ちなみにSPOTのボタンを押すとどうなるかというと、HELPボタンが押されたらなるべく早めに助けに行きますくらいの対応で、状況によってはHELPしてから一人で当分の間待機しなければいけない。SOSボタンは生命の危機を知らせるボタンで迅速にヘリなどの救助が来るが費用は自分持ち。
■シュラフに入ってうとうとしていると時々後続の選手が通り過ぎて行く。まだ後ろに何人もいたことに驚く。少し眠ってしまい気がついたら18時30分。あたりはなんとか薄明るい程度。真っ暗になる前に焚き火を作れるように木を集めておく。救助が来るにしても、自力でCPを目指すことになっても、動く準備をしておくに越したことはない。
■焚き火を作ってグローブを乾かしておく。今回レース中にも2回焚き火して冬のユーコンでならすぐに焚き火を作れる自信がついてきた。着火剤は使っているけど。
■やることやってシュラフに入る。深夜過ぎまで救助がこなかったら朝到着するように動きだそうかなと思った。
■スノーモービルの音で目が覚める。時計を見ると24時。ツェルトのすぐそばで止まったので助けが来たと顔を出す。撮影チームの平賀さんだった。今日はリタイア続出で大会側の手が回っていないのでどうせ取材に行くなら撮影チームのスノーモービルで回収してきてくれということらしい。
■地元ガイド会社up northのジャズさん率いる2台のスノーモービルが来ていた。「いちおう動く準備はしていた」と話すと「CPまで歩いて行ってもいいですよ」と平賀さん。もうやる気なしなのでスノーモービルでお願いする。ジャズさんのスノーモービルにソリを付け後ろに乗って出発。けっこうスピードが出て怖かった。30~40分でdog grave lakeに到着。
■到着すると大会スタッフテントでストーブの前でシチューと紅茶をごちそうになった。シチューがとてもおいしかった。選手も到着するとこれ食べれるんだろうな。ただし外で。
■睡眠場所は大きいテントと小さいテントがあるらしかったが、小さいテントとは平賀さんたち撮影チームのテントだった。大きいテントは中はちらっとしか見なかったが、リタイアした人たちが雑魚寝するところ。平賀さんたちのは小さいといっても蒔ストーブもあり平賀さん、ジャズさん、私の3人なので快適。
■平賀さんが私を気遣ってベッド(長椅子っぽい感じのやつ)を使ってくださいと言う。平賀さんは床に寝ようとしているので、私が床でよいと言いつつ、それでもベッド使ってくださいとのことだったので、せめてということで自分の持ってきた超低温対応のマットを使ってもらった。過酷環境からのリタイア者ということで大切に扱ってくれるけれど、実際はまだ余裕がある状態でリタイアし、食事も動く準備をしようと詰め込んできたので極めて健康なので大変申し訳ない。
■テント内はとても暖かく快適だったので薄着でシュラフのチャックも開けっ放しのまま就寝。しかし何時間か経ったら蒔ストーブの火が消えて極寒になっていた。手探りでウェアを着込みシュラフを締めて寝る。
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