ロングステージ。今日は1ステージで80kmを走る。コースタイトルによると今日走るのはシルクロードらしい。終盤は夜間走行になり制限時間は翌日のお昼。ゆっくり進む選手は途中のCP5で翌朝まで仮眠することができる。順位を気にする選手にとって今日は山場。タイム差が大きくなることと最終日の距離が短いため、このステージの結果で総合成績がほぼ決まる。自分にとってもこのステージは重要なステージ。しかし頭でわかっていても昨日の厳しい状況があっての今日なのであまり順位は気にせずにゆっくり行きたい気持ちがある。今日も間違いなく昨日のような有り得ない気温になるだろう。
スタート直後まずは先頭集団へ。スタートしてしまえば自然にやる気が出る。それがわかっているからスタート前は弱音を吐きまくりなのだけど・・・。今日は先頭集団の塊が大きい。みんなこのステージに賭ける気持ちが出ているのだろう。先頭集団についていくように走っていたが、時々走りやすい地面もあるものの基本的には昨日の終盤と同じ地面なので、でこぼこしていて右に左にラインを選びながら走る。よってスピードには乗れないため歩いてもそんなに変わらないかも。歩きと走りを交えるようにすると当然歩きの分だけ前とは差が開いていく。先頭集団もばらけて、だいたいそれぞれのいつものポジションに落ち着きつつある様子。自分も10番手ちょっとくらいに定着。曇っているが今日も暑い。最初のセクションから水をしっかり飲み冷却のために水をかける。
CP1から小野さんと一緒になる。特に話したわけではないが自分の後ろにぴったり小野さんがついてきている。CP1からCP2は走りやすいダブルトラック。日差しもないし平坦なので今のうちに少しでも前に進んでおこうといいペースで走る。上位でもすでに歩いている人もいて何人か抜かす。その中にテントメイトのジミーもいた。ジミーはここ数日調子は良さそうだったので上位追撃中と思っていたのでちょっとびっくり。声をかけると「ダメ」とジェスチャーしている。相当調子が悪そうだ。
CP2に到着してようやく小野さんと言葉を交わす。自分の後ろに付くことでいいペースでこれたとのこと。CP2を歩いて出発。少し食べ物を食べてからゆっくり走り始めるがどうも胃がむかむかする。向かい風が強くなってきたこともあって少し落ち着くまで歩くことにする。小野さんもあまり調子が良くないらしく2人で話ながら歩く。風に少し雨も交じって涼しく感じる。このまま涼しいといいんだけどなーと消極的なことを考えてみたりする。しばし暑さが和らぎ景色を見ながら気持ちよく歩く。この区間はコース説明に「salt flats」と書いてある。これはアタカマ塩湖の修行コースと同じ。しかしこちらは塩の大地の中に車が走れるくらいの道があって、そこを進めばよいので楽なコース。コース難易度も「Easy」と記載されている。「Easy」で涼しいこの状況で走らず歩いているのはちょっともったいないなと感じたが胃のむかつきがなくなるまではゆっくり行ったほうがよいと判断。通常ロングステージは少しくらい無理しても時間の早い涼しいうちに距離を稼いでしまったほうがよいのだが・・・(過ぎてみれば間違った判断だったように思える)。
小野さんが一度大きく遅れたが、CP3直前で走って追いついてきた。急に気持ち悪くなったが復活したとのこと。自分の気持ち悪さはいまいちすっきりせず。スタートから4時間経過してしまったのでガスター10を飲もうと思ったがCP3が見えてきたのでCP3を出てから飲むことにする。スタッフの目の前でうっかり薬を飲んだりすると「どこか具合が悪いのか?」など質問攻めにされることが目に見えている。それは避けたい。CP3に到着すると「世界で2番目に標高が低い場所」と書かれている。この場所の標高はマイナス160m。死海に次いで2番目に標高が低いのだそうだ。
CP3の近くには何かの作業場らしき建物が点々と立っている。CP3を出て建物の角を曲がりCPから死角になったところで荷物を降ろしガスター10を飲む。小野さんは調子が上がってきたようで走って先に行ってしまった。再スタートして走って小野さんを追いかけるが、小野さんは調子良く走っていてまったく差が縮まらない。道はトラックが行きかう広い道でひたすらまっすぐ続いている。小野さんには追いつけないし暑くなってくるしで苦しくなってきたので、送り出してくれた仲間たちを思い出し自分に「がんばれ、がんばれ!」と掛け声をかけながら進む。しかしどんどん暑くなってきて空腹感も出てきたので、がんばるのはやめてドライフルーツを取りだし歩きながら食べる。
ひたすら歩いてCP4を目指す。小野さんはあっという間に見えなくなった。小野さんとのここまでの4ステージの差はせいぜい30分程度なので、この調子だと小野さんが日本人トップで行くだろう。この状況なら自分がトップを引く役割は終わり。どうも調子が上がらないし南極出場権を確実に取りに行くことにして後は小野さんに任せた。
CP4に到着し選手の通過リストを見ると小野さんは20分前に通過したようだった。自分は微妙な胃の不快感と猛烈な暑さに嫌になってしまったのでCP4で大休憩することにした。シューズを脱いで日陰に横になり脚を高い位置に上げ血流を戻しつつドライフルーツを食べたり水を飲んだりして回復に努める。少しうとうと眠ったりしながら数十分が経ち(30分とも1時間とも思えるが時間は覚えていない)やる気を戻してCP4を出発。
時刻は15時を過ぎ最も暑い時間帯に。丈の低い植物が生えている草原に見える場所を歩きで進む。草原地帯の向こうに見えている山はたぶん火焔山だろうなと思う。ずっと行動していると思われる他の競技者は、足元がふらついたりしてペースが落ちているようだ。歩いていても次々と抜かしていくことができる。途中ピンクフラッグがわかりにくい場所がありサマンサ(主催スタッフ)がコースを逆走してフラッグの確認をしているのに会った。サマンサはいつもいろいろなところに現われていろいろな仕事をしているので尊敬である。今日も相当な暑さになっているらしく、この区間では車で臨時に水の補給が出ていた。
草原を越えるとCPに到着。ここは他のCPと違い「Water Point」となっていて水の補給のみ可能な簡易CPらしい。わずかな日陰は用意されていたので、またシューズを脱いで横になりリフレッシュを図る。もう完走第一で1つ1つのCPで休憩しながら確実にゴールを目指せばよいと考えていた。横になっていると隣の選手から「友達が戻ってきたぞ」と少し離れた木の陰を指差すので、よく見ると小野さんが倒れていた。驚いて駆け寄り、声をかけるとWater Pointを通過してCP5に向かったところ急に具合が悪くなり動けなくなってきたので引き返したそうだ。ここでしばらく休んで今日はCP5で睡眠を取り翌朝ゴールを目指すつもりとのこと。
Water Pointを出発しCP5に向かって歩く。両側が畑のまっすぐな道を進む。これまでは日陰がまったくない場所を進んできたがこのあたりは畑に沿って木が植えられているため木陰になっているところもある。暑さは変わらずだが緑が多いと少し涼しく感じる。ときどき畑で農作業している人やトラックにスイカを積み込んでいる人たちを見た。この区間は歩き続けていたが後ろから抜かされることもなく、歩いている人を抜かしたり木陰で休んでいる選手を抜かしたりもした。
しばらく進むと遺跡のようなお城のようなものが見えてきた。壁のあちこちに補修工事中と思われる足場?が組まれている。写真を撮りながら進むとピンクフラッグが遺跡の中へ続いていった。遺跡に入るとCP5があった。CP5はロングステージの中で睡眠をとったりお湯をもらって食事をしたりできる大チェックポイント。ゆっくりの選手はここで1泊して翌朝ゴールを目指すこともできる。まだ日が落ちるまでは時間があるが、この時間でも今日はもう終わりにしてこのチェックポイントに滞在する判断をしている人もいる。昨日、今日と猛烈な暑さにさらされているので安全に行くという判断もありだと思う。
CP5ではスイカを1切れもらうことができた。CP4, Water Pointに続き靴を脱いで横になる。スタッフがここに夜の間滞在する選手の確認を取っていて、厳密にはCP滞在は10分までというルールがあったようなと思い強制的に夜間滞在者にされてしまうと困るので、休憩はそこそこにして出発する。
遺跡を抜けて普通の観光客が出入りするゲートから外へ出る。出たところにピンクフラッグが見あたらず舗装路の左右を見ているとゲートのところにいた現地の人が指さしてコースを教えてくれた。CP5からCP6は距離が短いためすぐに着くと思っていたが、村のメインストリートような場所をひたすら歩きなかなか着かない。道の両側には民家が並び人がけっこう外に出てきている。何人かで集まって話をしていたり、何か食べていたり、いろいろな過ごし方をしている。何か食べているところで「食べていけ」みたいな身振りをされた(もちろんもらわなかった)。時刻は20時になりそろそろ夕方といった感じ。しかし長い距離を歩いてきた体ではまだ走りたくないくらいの気温。ときどき体に水をかけながら進む。
CP6は民家が立ち並ぶ村のはずれ。またシューズを脱いでごろっと横になる。だんだん日没も近くなってきているし残り20km程度なのでここで休んだらゴールまでは走るつもりだ。長い時間歩いている間に後方の集団とだいぶ差が詰まったらしく少し休んでいる間に今までのCPで見かけなかった選手が次々と到着・出発していく。小野さんがダウン中で再び自分が日本人の先頭に出たことで「少しはがんばらないと」という気持ちにもなり休憩は短めにする。1~2時間は夜間走行になるためCP6を出る前にザックに赤色点滅灯を着けハンドライトをザックの取り出しやすい位置に入れた。
しばらく舗装路を走って幹線道路を渡り荒地に入る。まもなく日没というところで後ろからかなりいいペースで走ってくる気配があり現れたのはアリだった。「なんでここにきてその勢いで走れているんだ?」と思った。アリは「shiroと走ったように一緒にゴールまで行こう」と声をかけてきた。アリは今年3月のアタカマ・クロッシングのロングステージで荒井くんとひっぱりあって走り一緒にゴールしていて、荒井くんは「それは最高の思い出だ」と話していた。それを再現しようということだ。ただパワーダウン気味の今の自分では今のアリの勢いでゴールまで走れるとはまったく思えなかった。しかし、この有り得ない(作り話のような)めぐり合わせに応えないわけにもいかず、とりあえず行けるところまでと思い「OK」と返してアリと並走する。
平地と下りは走り登りと足を取られるような砂地は歩いて進む。日が沈み「ライトをつけよう」とアリが足を止める。アリのザックには娘さんにもらった「あのお守り」が付いていた。ライトを出して再スタートする前にアリに「これを飲むか?」と差し出されたのは、半分ほど凍ったペットボトルのお茶。「こんなものどこで手に入れてきたんだ?」と思いつつ2人で半分ずつ飲む。キンキンに冷えていて甘くて少し炭酸ぽくシュワっとしておいしすぎるお茶だった。アリお主も悪よのう・・・。
満天の星空の下を2人で走る。アリは左足が痛むらしくときどき「ああっ」っと痛そうな声を上げるが「ゆっくりでいいよ」と言っても「問題ない」と追い込み体勢(こちらもきついです)。アリはすごい気迫。よく考えれば病気の娘さんに勇気を与えるために走っているのだから何があっても心が折れるわけがない。NHKのアタカマ砂漠番組では弱々しいところばかり映っていたが素晴らしいランナーじゃないか。時々歩いても走りやすそうになると、アリはすぐに「kabasawa OK?(走ってもOK?)」と言う。こちらの返事は常に「OK」とことん付き合ってやる。暗闇の中CP7に到着。真っ暗になるとコースロストの危険が増えるためCPでバディ(複数人のグループ)で行けと指示が出ることがある。自分とアリはすでにバディ状態になっているのでもちろん問題なし。バディを組めていない場合は後ろから来る選手を待たなければいけない。
CP7を出ると遥か前方に前の選手と思われる赤色点滅灯が見えてきた。追いつかないけれど少しずつ近づいている。ここまでがんばって走っているので少しくらい順位も上げたいところだ。しかし「もう一息」まで迫ったころ、坂の上にゴールのキャンプ地を発見。思ったよりも早く着いた。今日の順位はアリと走っている間には上げれなかったけど前とのタイム差は縮めることができただろう。ゴールゲート前でアリが「うおー!」と叫び、自分も「わあー!」と叫びながらフィニッシュ!「アリ、ありがとう!!」時刻は23時35分。ライト点灯から約1時間の夜間走行だった。アリの気持ちに応えることができ本当にほっとした。
テントに戻るとテント内順位は一番。ジミーが序盤で調子が悪そうだったのでちょっと心配。誰もいないのをいいことに着替えて簡単に洗濯する。洗濯は水を多く消費するので水が貴重な砂漠で人目があると少々気が引けるのだ。さっぱりして「これで完走も確実だー」とほっとした気分で就寝。
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