第1回東京マラソン
2007/02/18(日)
★ 2月17日(土) 前日受付
東京マラソンは当日受付はなく前日か2日前の受付のみとなっている。土曜日に東京ドームに行き受付をする。 東京ドームでは「東京マラソンEXPO2007」というタイトルでイベントというかお祭りのような雰囲気。 受付でゼッケンなどが入った袋をもらって中を見ると、サプリメントやアミノバリュー1箱(14袋入り)など 豪華参加賞が入っていた。パンフレットはオールカラーでお金かけてるな〜という感じ。さらに参加賞のTシャツも受け取る。 出場選手名簿は何しろ人数が多いので目がチカチカするような小さな文字でびっしりと名前が掲載されていた。 ぶらぶらとブースを歩き回り公式グッズのブース(というには異様に広かったが)でランニンググローブだけ買った。
★ 2月18日(日) レース当日
実家を5時15分ごろ出発。天気予報通り普通に雨。小雨ではなく本降りの雨だった。 西谷駅前のガストで朝食。それから横浜経由で新宿へ。新宿へ向かう電車の中ではそれほど ランナーでいっぱいとは感じなかったが新宿駅の改札を出るとランナーだらけ。たぶん95%はランナーだったと思う。 新宿駅の地下通路のようなところ(実際は地上1F部分と思われる)を都庁方面に向かって歩いていく。 通路の脇が空いていたので着込んでいたトレーナーを脱いでウィンドブレーカーを脱ぐだけで走れるような服装に着替えた。 誘導係りの人が「この先に着替える場所があるので立ち止まらないでください」と言っていたが、 柱の影で邪魔になるようなところではなかったし、外は雨だしこの先に大勢の人が着替えをできるような場所があるかは 疑問だったのでここで準備を済ませていく。
少し進むと地下通路のようなところを抜けて外へ。都庁の階下あたりだけ屋根がありそこでは大勢の人が着替えたりしていて 近くのトイレには長蛇の列。ここではちょっと落ち着けそうになかったので都庁を通り過ぎた先にある公園のほうへ行く。 ちなみに都庁付近から先は参加選手のみ入ることができゼッケンを係りの人に見せて通った。公園のあたりには屋根のある場所が ないので人も比較的少なかった。バナナやパンを配っているブースでパンをもらって食べる。 荷物を預けるトラックの止まっている道路がランナー達で混みあってきたので急いでウィンドブレーカーを脱ぎ荷物を預けに行く。 荷物を預けるトラックは10トントラックが30台ほどいてゼッケン番号ごとに指定されている。 決められたトラックにすんなり到着できるか不安だったが思ったよりもスムーズに荷物を預けることができた。
次はスタートブロックへの移動。自分は陸連登録枠でCブロック、前から3番目のブロックだ(ブロックはKブロックまである!)。 3番目とは言っても前のブロックは招待選手、国際の部の選手たちでそんなに大勢いないのでかなり前のほうだ。 荷物を預けたトラックからスタートブロックへ向かう誘導の看板などが見当たらなかったので適当に見当をつけて歩いていく。 都庁の下の屋根があるところでは大勢のランナーがぐるぐると走り回ってアップしていた。 直径20mくらいの輪になってぐるぐる回っている感じ(笑)どうせスタートまで30分以上雨の中 並んで待たなければいけないのでここでちょっとくらい走っても意味がないのでさっさとCブロックを探しに行く。 せまい階段を登って都庁の2F部分に出るとDブロックの看板があり無事にCブロックを発見できた。
8時半ごろ所定の場所に並ぶ。まだスタートまで40分もあるが下手に屋根のあるところに避難していたら 混雑に巻き込まれるかもしれないし、ランナーでぎっしりのところにいると意外と暖かかったりするのでおとなしく並ぶ。 それにしてもやっぱり寒い。ずっと足踏みをしながら待つことになった。今回の服装は下はランパンだが、上は長袖の上から 薄手のウィンドブレーカー、それと手袋なので走っている間の寒さ対策は万全。ウィンドブレーカーは途中で脱ぐことになると 思ったのでウェストポーチも持参。ついでにデジカメも。今回は不調の中での出場でもあり目標は3時間20分なので、 この装備でよいと思う。
たぶん8時50分ごろからか・・・会場に音楽が流れラジオのパーソナリティ的な人が会場を盛り上げる。 盛り上がってもやはり寒いものは寒い。というか今日は特別寒い(気温は4℃程度だったようだ)。 9時近くになってセレモニーが始まる。都知事のあいさつに続き国家斉唱。高層ビルの間なので歌声が何重にも響いて なんかすごかった。会場全体が震えるような熱気(寒さじゃなくて)に包まれた。こういうのを生で体験できるのも 陸連登録枠の特典だ。登録していて本当によかったと思える瞬間(笑) 9時5分に車イスの部がスタート!車イスのトップアスリートは1時間40分とかそのくらいでフルを走ってしまうので 後からスタートしたランナーが追いつくことはない。次はいよいよこちらの出番。やっと走れる!
デジカメで動画撮影しながらスタートすることにしデジカメを構えて待つ。スタートの合図と一瞬の間を空けただけで 最初はゆっくりだが、すぐに走り始めることができた。コースの両側から煙とともに紙ふぶきが発射され降り注ぐ。 なかなか体験することのないしびれる光景だ。都庁の渡り廊下みたいなところをくぐってからデジカメを ウェストポーチにしまい真面目に走り始める。が、スタート直後もビル街を走る通常ありえないコースなので すぐにデジカメを取り出し撮影する(笑)走りながらで天気も悪いので写真がブレてしまう。 最初は下り坂でもあるので写真を撮りながらでもキロ4分半ほどで走れた。
ところが2kmくらいから右脚の脛が痛くなった。 2月に入ってからの練習でもペースを上げると痛くなっていた場所。少しペースを落として痛みが引くのを待つ。 そして1つ目の給水ポイント。給水テーブルの巨大さに驚いた。普通は給水テーブルの上に紙コップが置かれているのだが ここの給水テーブルはテーブルの上に紙コップが置かれ、その上に板が敷いてあってその上に紙コップが置かれ、 またさらに・・・という感じで給水が壁のようになっていた(たぶん3段重ねだったと思う)。そしてテーブルが長い! この給水テーブルはどこまで続くんだというくらい続く。驚愕の給水テーブルのあたりからさらに脚が痛くなり 写真を撮っている精神的な余裕がなくなった。ここから皇居の脇とかを走っていったが風景はあまり良く覚えていない。 覚えているのは10kmの部のゴールがあり一緒にフィニッシュしたくなったこと。
ひたすら脚の痛みが引くのを待ちながらキロ5分くらいで走る。東京タワーの近くを通り、田町、品川の見覚えのある通りに 出たころから脚の痛みが引いてきた。15kmくらいからは脚がスムーズに前に出るようになってきた。 ペース上げようかなとちょっと思ったが、まだ先が長いしまた痛くなるかもしれないのでキロ5分をキープ。 スタートしてから常に周りのランナーに抜かされ続けているのですごくペースが落ちている感覚があるが時計を見ると きちんとキロ5分で走れていた。トイレに行きたくなってしまったのでトイレの看板を見つけて立ち寄る。 今日は寒さは予測済みで朝から水は飲んでいなかったので、ここで一度トイレに寄ればもう大丈夫と思った。
しかしここでまた誤算。水分摂っていないのにすぐにトイレに行きたくなる。 でもこまめにトイレが配置してありとても助かった。この後30km付近までで合計4回トイレに立ち寄り10分ほどロスする。 25km過ぎから銀座を経由して浅草へ向かう。この辺からすっかり脚が重くなってきて、あきらめ気分でジョギング。 写真を撮りながら大会の雰囲気、浅草観光(初めて雷門見た)を楽しむ。浅草の折り返しでは長野マラソンクラブの アンパンマンがずいぶん前を走っているのを発見し、あの被り物で素晴らしく速いじゃないか!と感心してしまった。 この状況からマラソン終盤のパワーダウンが来たら4時間以内も危ないなーと心配しはじめたが、 ここまで無理していなかったおかげか、再び銀座、晴海と走る間も極端にきつくなることはなかった。
そういえばハートレートモニターもつけていたのだが寒さで体があまり温まらなかったせいかまったく反応することなく 終盤まで来てしまっていた。37km付近からようやく心拍数が表示されはじめるがもはや意味なし。 3時間43分37秒でゴール。途中で銀座などのとてもにぎやかなところを通ってきたためか、ゴールの有明は人も少なく 盛り上がりにかけるように感じてしまった。ゴールしたあとは大会スタッフが、完走メダルをかけてくれ、 すぐに紙っぽいもので作られたポンチョも着せてくれた。なんて手厚い大会なんだと感心した。 荷物を預けたトラックもゴールに一番近いところに止まっていてすぐに荷物を受け取れたし、 とてもスムーズな大会運営に感じられた。ちなみにビッグサイトの倉庫みたいなところで着替えて外に出たら すっかり晴れていた。今日の雨は参加できなかった人達の怨念の雨に違いなかった。
第一回目の3万人のマラソンということで大混乱も覚悟での参加だったが、驚くほどスムーズで素晴らしい大会というのが個人的な感想。 しかしこれは陸連登録している恩恵があったからこそかもしれない。普通以上?にゆっくりなランナー達はスタート時間から スタートするまでに20分から30分もかかっているし(これは参加人数多いからしかたがない)、 レース中のトイレも10分待ちとかあったらしい。給食所のバナナは後半品切れになり(3万7千本配備されていたらしいが)、 ゴール後の荷物受け取りも1時間かかった人もいるとか。驚いたのはあの寒さと雨の中、完走率が95%を超えていること。 正直言って後ろのほうは低体温症とかでバタバタ倒れているのではないかと思っていたので、大きな事故もなくほとんどの人が ゴールできたことはすごいと思った。
来年も開催されるなら、また出場したい大会。今度はもう少しいい体調で。 しかし、あまりに手厚く配布物も豪華だったので、来年も開催できるのか(採算的に)ちょっと心配ではある。

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